(一社)日本カレンダー暦文化振興協会(暦文協/中牧弘允理事長)は12月3日の「カレンダーの日」に明治神宮にて新暦奉告参拝を斎行。理事らは神楽殿前より神職に続いて参進、直会殿にて修祓を受け、本殿奥にて参拝と玉串拝礼を行った。
全国団扇扇子カレンダー協議会および全国カレンダー出版協同組合連合会によって1988年に制定された「カレンダーの日」は、明治時代までの日本で使用されていた太陰太陽暦を明治5年(1872年)12月2日で打ち切り翌日3日を太陽暦の明治6年(1873年)1月1日とした「明治改暦」に基づいている。
参拝と記念撮影の後、参集殿で熊倉一紗氏(大阪成蹊大学芸術学部准教授)による講演「正月用引札と暦の諸相」と中牧弘允理事長による「令和8(2026)年暦予報」の発表が行われ、リモートでも同時配信された(参加者:会場約50名、オンライン約40名)。
締めの挨拶では宮﨑安弘氏(全国カレンダー出版協同組合連合会理事/新日本カレンダー㈱社長)が登壇、「熊倉先生のご講演は、1900年代初頭の我々新日本カレンダーや杉本カレンダー、トーダンといったカレンダー業界のルーツのお話で、我々以上に詳しく熱心に調べていただき感謝しております。いかにお客さんに貼っていただくかの創意工夫など、今後の業界の皆の糧にしていただければと思います」と述べた。
講演/「正月用引札」と暦の諸相 熊倉一紗 氏(大阪成蹊大学芸術学部准教授)
現代目にする「チラシ」や「ポスター」は、情報をシンプルに伝えることが主目的ですが、明治時代から昭和初期に年末年始に配られていた広告メディア「正月用引札」は、それとは全く異なる姿をしていました。「引札(ひきふだ)」は言葉どおり「お客さんをその店に引っ張ってくる札」です。商品の宣伝や開店披露のために配られました。明治時代に「広告」という言葉が定着するまでは、広告媒体全般を指していました。
今回注目する「正月用引札」は、年末年始に商店がお客様に配っていた特別なものですが、明治の末頃には一千万枚以上が全国にばらまかれたと言われています。最大の特徴は、その構成です。紙面は大きく二つに分かれています。一つは、七福神や美人画、歴史上の人物などが描かれた華やかな「図像部分」、もう一つは、商店の名前や住所、取り扱っている商品などが書かれた「文字部分」。暦(カレンダー)が刷り込まれているものも多く存在しました。
2026年2月号(1/15発行)掲載